フランス映画ですが、実は共通することもあります。フランスは食料自給率が約120%、世界ではオーストラリア、カナダ、アメリカについで第4位です。青森県の食料自給率は119%、日本では、北海道、秋田、岩手、山形に次いで4番目。 ただ、フランスでは食料の大量生産のために多くの農薬や除草剤を使用しています。 それが健康上の大きな問題を引き起こしていると映画は指摘します。 そんな中、ある村の村長が子供たちの未来を守るため“学校給食と高齢者の宅配給食をオーガニックにする”と宣言。 大人達の戸惑いを他所にオーガニック給食や学校菜園での野菜作りを通して小さな村は少しずつ変化していくというドキュメンタリーです。 上映後、パネルディスカッションを行いますが、子供たちが主人公の映画です。 オーガニックを扱ってはいますが、今回は農薬ばかりを問題にするつもりはありません。 ただ、私たちや子供たちの今の食卓を通して、それぞれパネラーの皆さんの立場からお話をいただき、食についての何らかの「気づき」が生まれればいいと思っています。 日 時 平成22年4月10日(土)13:00 映画「未来の食卓」第1回目上映 15:30 映画「未来の食卓」第2回目上映 18:00 パネルディスカッション「青森の未来の食卓を考える」 場 所 アウガ5階 青森市男女共同参画プラザ 多機能ホール 入場料 500円(映画1上映につき) ※パネルディスカッションは無料 パネルディスカッション パネラー: 福士 英雄 農事組合法人羽白開発代表理事。 八木橋 ひろみ 前青森市立浜田小学校校長。 石木 基夫 NPO法人活き粋あさむし理事長。 足立 伸吾 青森市PTA連合会副会長。 コーディネーター: 工藤 健 NPO法人ジュニアグローバルトレーニングスクール理事長 主 催 NPO法人ジュニアグローバルトレーニングスクール 映画「未来の食卓」公式HP http://www.uplink.co.jp/shokutaku/ |
昨夜「脱サラ農業で年商110億円! 元銀行マンの挑戦」の著者、鈴木誠さんの出版記念講演会がありました。 本は既に出版されていて、現在ベストセラーになっています。 農業再生が言われて久しい昨今ですが、農業に関わる、あるいは農業に目を向けている人にとって とても勇気づけられる本です。 表題の“年商110億円”も、世間を巻き込むための分かりやすいキャッチコピーと捉えていますが、 農業の現状と可能性を知るには最適です。自己啓発の要素も十分含まれています。 日本の食料自給率40%を支えるのは、ほんの3%の農家です。 その約60%は65歳以上の高齢者という現実があります。 食料自給率の残りの60%を海外に依存しているということや、農家の高齢化など、 食の現状が危機的であるという問題意識と、環境は常に変化しているという事実。 それに対応するかしないかは全てあなた次第という前向きな投げかけは、 農業そのものの重要性とともに農家への強い励ましであると思います。 青森県は食料自給率119%で、日本で4番目です。 100%を超えているのは、全て北海道と東北ですから、 今の日本の食料を支えているというプライドがもっとあってもいいと思います。 でも、とにかく講演で引き込まれたのは、鈴木さんの笑顔と元気。 それだけでも農業が持っている可能性が十分に伝わってきました。 PRです。 4月10日(土)、青森市アウガ5階でフランス映画「未来の食卓」を上映します。 食に関することがテーマですが、次回のブログで詳しくご紹介します。 |
遅まきながら映画「アバター」を見ました。 症候群になってると言われるぐらいですから、想像はしていましたが、 その通り、イメージのままの平和で自然とともに暮らす素晴らしい世界です。 私も「現実に戻りたくない・・・」とちょっぴり思いました。 主人公は自身とアバターの身体との二つの世界をリンクして行ったり来たりを繰り返します。 こちら側は現実であり、国益追求の「カネ」という価値の世界、好戦的な「支配する側」です。 あちら側は(地球では)失われてしまった世界、この星の「自然」というコミュニティであり、 理不尽な「支配から逃れようとする側」です。 見事に対抗する構図となっていますが、この映画のキーワードは「繋がり(コミュニケーション)」ではないかと思います。 二つの違う世界を繋ぐ心身のリンク、星全体の樹木の間で行なわれている交信、全員が手を取り合う祈り、 馬ともドラゴンとも、神の木とも繋がることで、目に見えないコミュニケーション・意思の疎通が図られます。 人と人、人と動物、人と自然、そして、星全体が繋がることで成り立つ社会を理想とする。 その心地よさの中に、この身を預けてみたいと誰もが思う。 実は、現実では殆どが失われていると思われているのかも知れません。 終盤の3Dの迫力満点の戦闘シーンは、エンターテイメントとしても欠かせないのでしょうが、 お約束にも近い展開も、この映画に限っては、なるほどと素直に思いました。 観ている人間にとって“物語が終わる”ためには、必要なエンディングです。 何故なら、そうでもしないと誰も現実に戻って来ないからです。 |
絶対正しい!と言い切れる判断の基準はどこにあるのでしょう。 倫理的なものか、既成的なものであるか、あるいは、第三者がそう言うからか。 自己の判断基準というのは、殆どは過去の経験や知識を元に現在の価値観を加えて下されます。 でも、「ひょっとして間違っているかも知れない」という判断も実は大切なことです。 人間の能力には限界があります。間違った認識を持ったり、誤った判断を下すことは珍しくありません。 人間とはそういうものだという事前の了解があれば、いろんな展開にも柔軟に対処できるのではないでしょうか。 例えば、原子力です。 核の取扱はとても難しいものです。直接人間の手で扱えないものが、絶対安全であるということは有り得ない。 でも、その安全基準は常に“絶対”でなければならない。その矛盾を埋め続けるのが危機管理です。 「今の方法は間違っていないだろうか」「この考え方をしている私たちに間違いはないのだろうか」 いつも疑い考え続けることが、実は、唯一絶対に近い危機管理なのかも知れません。 難しい言葉ですが、こういったことを「可謬(かびゅう)主義」といいます。 「確実な知識などというものはなく、すべての知識は誤り得るものだ」という考え方です。 ものごとの本質を考える上で、とても大切なことだと思います。 常に「自分は間違っているかも知れない」という態度は、とても謙虚です。 他人の考えを尊重し対話を大切にします。 お互いの知恵を出し合い、汲み取りながら新しい知識を創造する。 その姿勢を持ち続けたいと思います。 |
「一番である必要はあるのか二番目で何故ダメなのか」 どこかで聞いた言葉ですが、意外と頷いている人が多かったような気がしています。 私も最初はそうでした。今では「ちょっと待てよ」と考えています。 科学を含め先端技術開発の世界は熾烈を極めます。その中で一番を極めた技術がデファクトスタンダード(事実上の標準)となり得る社会で、二番目でもいいというのは、果たしてどういうことを意味するかです。 よい技術はどこが開発したとしても使用料を支払って皆が使えばいいということになりますが、でも果たしてそれだけのことでしょうか。 現在の世界の先端技術は多くの厳しい競争の中から生まれています。どの国でも必死に一番を目指し、その結果で止む無く二番三番になっているのだとしたら、最初から二番目でいいというのは単なる驕りであるのかも知れません。現実はきっと十番目あるいはそれ以下でも仕方ないということになるのではないかと思います。 技術開発のために様々な投資をします。 投資された方はその大小に拘わらず目の前の研究に心血を注ぎ一心不乱に取り組む。 それは、常に全力で行なわれていると思いますし、決して「二番目でもいい」という努力ではないと思います。 「二番目で何故ダメなのか」 結果を思いやる言葉ではなく、日々研究に取り組む当事者には残念な言葉ではなかったかと思いますが、お金の問題がその言葉の意図ならば、もう少しの世間含めて配慮のフォローが欲しかったと思います。 |
青森まちなかマーケティング市民委員会という活動があります。 まちなかを利用する・買物する・働く・遊ぶ・暮す・活動するなど、様々な立場の人がまちなかの多様な生活価値を探し出して整理・分類し、そこから課題を抽出し絞り込んで、問題解決を含め「あづましい暮らしやすいまちづくり」につなげようとしています。 その生活価値を“ハッピネス”と呼びますが、まちなかにある“ハッピネス”、それは楽しいもの・誇れるもの・無くしたくないものや素直に喜べる大切にしたいものです。決して“無いもの探し”ではなく、“有るもの探し”こそが“ハッピネス”の再発見と考えます。 その手法は、賑やかなワークショップを取り入れた茶話会や市民の皆さんへのアンケートの他、希望者を募って行うまちなかツアーで、たくさんの“ハッピネス”を洗い出し探し出します。そこから湧き出る“ハッピネス”の多さに誰もが驚きますが、これだけあると大きな自信になります。そこから、さらに活かしていくためにはどうすればいいかを考えることになります。 これはとても貴重なベクトルです。マイナスではないプラスのベクトル。 縮小の内巻きではない、拡大の外巻きの渦です。 もう活動も3年目に入りますが、やはり楽しいことばかりが記憶に残っています。 活動はこればかりではなく、慶応大学コ・モビリティ社会研究センターとの協力で、様々な最先端テクノロジーも合わせて実験を進めていますが、目に見える新しい可能性と新しい生活価値を創り出す楽しさで、わくわくの連続です。 ハッピネスは、もちろん幸福度にもつながります。 |
昨日、油川で自然農法の野菜づくり「すこやか農園」を開いている福士英雄さんとお話しました。 周囲の人から「無農薬なんて絶対無理だよ」と言われながらも、信じて続けてこられたその熱意は素晴らしいものがあります。そして、そこにはどうやら“思い込みの壁”があるということです。 長い間、肥料や農薬を続けてきた土は、1年や2年ぐらい無農薬にしたぐらいでは元のバクテリア豊富な土には戻りません。せっかく無農薬を試みても、農作物の実が細ったり成育が悪かったりすると、不安になって我満できずに肥料を施してしまうということです。 「仕方がないところもあるけど、その数年を我満できるか、辛抱できるかなんだなあ。」 そう言って笑っていました。 「奇跡のりんご」の木村秋則さんとも友人とあって、共通しているのはやはり「土」です。 土の中に無数の生物がいる、そんな土で育った作物がどんな作物かは想像がつきます。 帰りにちょこっとお土産をいただいて、美味しいサラダにしていただきました。 |
街が賑やかになってきました。小中高と卒業式も終わり、四月にはそれぞれ新しい学校へ進学します。 中でも、小学校から中学校へ進む子どもにとっては、児童から生徒へと学校内でも呼び方が変わります。 「みんなで仲良く」という小学校生活から、「規律と学習」の中学校へ。成績も五段階の相対評価から順位という絶対的な数値に置き換わります。さらに三年後には、初めての試練とも言うべき受験が控えているのが中学校です。 授業も小学校とは大きく変わります。受験に向けてテストや試験を繰り返しながら教科書は着々と進み、少しでも手を抜くと知識の空白がどんどん拡大して焦りと不安を抱えることになります。 加えて、小学校高学年から始まる思春期は、精神的な不安定とともに急激な身体的発達・成長に戸惑いを与えます。子どもという認識から抜けられない親への不満と、受験を含めての将来への不安、今の自分はどんな方向に進めばいいのか、何になりたいのか、現実の成績を考え、進学する高校でも悩まなければなりません。 キャリア教育は、子どもたちに自分が持っている可能性を気づかせてくれるプログラムです。自分の好きなこと、得意なことから、その方向にはどんな職業の可能性があるのかを気づかせます。2000以上もある職業の中からたくさんの可能性と選択肢を示して、子どもたちに可能性の広がりとともに余裕と自信を与えます。 そこから「将来、18歳や22歳のあなたが自分の進むべき道を決める時、可能性をたくさん持つためには、今のあなたがするべきことをきちんと行なうことが大切です」というメッセージを託します。 夢や希望は常に子どもたちに輝きを与えるものです。実現はずっと先のことではありますが、それは決して逃げ水ではなく、少しづつ近づいているという実感も必要です。 そして、努力さえすればいつか夢や希望は叶うという可能性を大人が示す、その背中を押すことに社会が相応の責任を持つことが必要だと思います。 |
自宅から歩いて10分以内で矢田前駅に着きます。 青森駅はさらに15分、そして会社まで5分。計30分ですが、車内でぎゅうぎゅうになることもなく本を読んだり、ラジオやポッドキャストを聞いたり、ストレスなく通勤できる電車を重宝しています。 市営バスは最近利用することが少なくなりましたが、それでも、市内全エリアを網羅している貴重な交通手段です。何と言っても市民の足として最も重要な公共交通には変わりありません。 市内を移動できる手段として、公共交通はとても重要です。日々の生活での「移動」は私たちの権利でもありますし、採算性などからその必要性を判断するには大きな危険が伴います。 また、車社会にはなっていますが、確実に進む高齢化は、運転能力維持への不安や免許所持の診断による許可制などを含めて、失われる移動手段として今後も大きな問題になることも間違いありません。 本来であれば、公共交通と歩ける範囲との組み合わせで、市内どこにでも行けることが、市民生活として望ましいことです。 青い森鉄道と市内を走るバス。今後も運行ダイヤと使いやすさ・快適さが求められますが、さらに「皆が乗り合う」ということが楽しいものになればいいと思います。 |
昨日は中学校の卒業式でした。 卒業する子供たちや親にとって、義務教育の終わりというひとつの区切りにもなりました。 私が子供たちへ贈る言葉としたのは、 草木の声を聞くように他者を感じる力、思いやりと慈しみを育てて欲しい 物事の本質を捉える力、何が大切で何が必要かを、鳥のように広く大きく見渡す度量を持って欲しい そして、未来へ向けて、常に顔を上げて、時には先頭に立つ勇気を持ってください 草木の声に耳を澄まし、広くものを見る目を養って、自分が目指すものを見つけて欲しいという そんな話です。 これは、平成20年に東京大学で行われた入学式での「草木の声を聞き、鳥の眼で見て、未来人の志を持て!」から、私なりに、新たに踏み出す生徒達への贈る言葉に変えたものです。 限りない可能性を秘めた彼らや彼女らに大きな志を持って踏み出して欲しい。 私の希望は、自分の息子も含めて、そのことに尽きます。 セレモニーには、いつも特殊な厳粛さがあって、身の引き締まる思いがします。 “そこから始まる”“そこで終わる”ことへのたくさんの畏敬の気持ちが溢れているからではないでしょうか。 |
Author:クドケン
名前:工藤 健(くどう けん)
年齢:58歳
誕生日:昭和32年2月20日
職業:青森市議会議員
メールアドレス:kudoken@wit.ocn.ne.jp
個人サイト:http://www.aomori-style.net/
青森市生まれ
青森市立千刈小学校、青森市立西中学校、青森県立青森高校、
神奈川大学経済学部卒
NPO法人ジュニアグローバルトレーニングスクール顧問
市議会:文教経済常任委員会委員、まちづくり特別委員会、農業委員、青森市病院事業運営審議員
趣味:本が好きで30年間書店に勤務。国際交流やPTA、まちづくり活動など。他に、歩くことと、合気道(弐段)。